元気クラブでは毎年1回、研修を行なっております。2011年度の研修は、2012年2月3、4日で行い、福島単協と連携して仮設住宅で青空市を行いました。3日(金)は福島単協の組合員と地元のお豆腐の独自生産者(元気村)との交流、4日は福島県新地町にある仮設住宅の青空市で千葉の野菜とお米の販売を行いました。また、お昼に合わせて収穫祭で好評でした元気クラブカレーを作り、サラダなどと一緒に振る舞い、仮設住宅の方と交流を行いました。
◆「青空市」
福島県の太平洋岸の「浜通り」地域にある新地町。ここでは被災した地域のつながりを維持するため、生活クラブふくしまが「青空市」を開いている。仮設住宅で暮らす生活クラブの組合員自身が中心になって運営しているが、ふくしまは被災直後から「浜通り」北部の同県相馬市や新地町などへ支援物資の搬入を続け、仮設住宅へ入居する被災者への生活支援を行った。これに続く活動として生まれたのが「青空市」です。
生活クラブふくしまのホームページでは、震災後に発行したニュースで1年を振り返るなどの特集を行っています。
生活クラブふくしまブログ「よってらんしょ」はコチラをご覧ください。↓
http://fukushimaseikyo2.blog35.fc2.com/
今回の研修はこれまでの研修とは違った貴重な研修となりました。元気クラブメンバーの研修の感想をいくつかご紹介したいと思います。
○元気クラブ会長 薄田 義続(JAちばみどり旭自主開発米部会)
走る車の窓から「あっ、海が見えた」そういった私の言葉に出迎えてくれた地元の方は、「あそこの松の木のところに、俺達の部落は在ったんだよ」とすぐに反応しました。私は「ここから海までどれくらいですか?」
と尋ねました。「この国道6号線から海まで6km。」「この国道が生死を分けた生命線なんだよ」と続けました・・・。そういわれた私の視線の先には、キラキラ光る海までの間に松の木が3本だけ立ち、あとは、ベタッとした地面がひろがっていました。なにも返事をしなかった私に「俺は、生まれてこの方ずっと新地町に住んでいたけど、この国道から海が見られるとは思わなかった。」とその人は言いました。
何も、言葉にできない。何も、考えられない。そんな数分間を過ごしました。
この後、元気クラブ特性のカレーを地元の皆さんと作り、いろいろな話を聞きましたが、終始、笑顔で私達に接してくれ、和ませてくれました。福島の仮設住宅に暮らす人々は、津波によって家も家族も、そして生活の基盤も失いその上、目に見えない放射能に怯えている。頭では、気持ちではいろいろなことを理解し前向きに思えることも、現実となると踏み切れない。そんな人が多いじゃないでしょうか。一度、是非、現状を見てください。映像じゃなく、録音じゃなく、活字じゃなく、あなたのその目で。きっと、何も、言葉にできない。何も考えられない。しかし、その目で見ることこそが、私達普通の国民が、これからどうするのか、どうすべきなのか、そのなぞを解く第一歩ではないでしょうか。
○越川 忠英(さんぶ野菜ネットワーク)
自分は今でも瓦礫を拾う姿が目に焼きついています。これから自分には何ができるのか、これから自分は何をすべきなのか、これから自分は・・・。
○野口 秀一(農事組合法人 村悟空)
東日本大震災から一年が過ぎようとしている今、仮設住宅でくらしている高齢者や小さな子供達、津波の被害を受けた沿岸部の状況を見た時、胸が痛く、目頭があつくなり、あの日が無ければという思いになりました。そんな中でも青空市での野菜の販売や元気クラブカレーの提供ができたのは、元気クラブメンバーの熱き心と団結力の賜物だと思います。今回、福島県を西から東へ横断しましたが、放射能の問題や天候の状況など福島単協の苦労が身にしみてわかりました。準備や調整していただいた方々有難うございます。有意義な研修視察に参加することができ、感謝しています。
○吉野 昭彦(立野園芸出荷組合)
個人としてもう1品、葉物野菜などが持っていけたらと思いました。小川さん、木原さんのバスの手配、カレーの前準備など苦労されていたこと。お疲れ様でした。潮さんも。思っていたより仮設住宅の皆さんが元気でいたのが何よりでした。ただ、「行って来た」だけにならぬようにと思っていましたが、どうだったでしょうか。海岸側は胸がいたく、つらかったです。
○崎山 隆士(JAちばみどり旭サンフレッシュ部会)
被災地を目で見て、仮設住宅の人たちと食事をして、自分の人生に対する価値観が変わりました。日ごろは不自由ない生活をしていける幸せと、今の家族や自分をもっと大事に、もっと大切に生活していこうと思いました。
○石毛 雅彦(JAちばみどり海上野菜組合産直部)
出発前、TV等の映像を見て、被害の深刻さは分かっていたつもりでした。地元、旭市も被災地ですが、規模の違いにただ呆然。そんな状況の中での仮設住宅の野菜販売、どんな対応をしたら良いのか正直、不安もありました。しかし、仮設の方々の笑顔、力強さに、逆に勇気を頂きました。
自分には何が出来るのだろうか?と、改めて考えさせられた研修でした。
○辻 成子(生活クラブ虹の街 副理事長)
元気クラブでの研修旅行の話し合いをしている時に、安全農産物の小川さんが福島県「浜通り」にある仮説住宅で生活している人達へ元気クラブの野菜を届けようと提案。元気クラブメンバーも初めは全員賛成ではなかった。雪の山道を走行するという交通手段が第一の壁になり、何回か話し合いを重ねました。メンバーの1人が「今このメンバーで、今いくことが大事です」と発言され、それからは皆前向きに計画して実行する事になりました。
生活クラブ、生産者の団体の代表と組合員で被災された福島の組合員が住む仮設住宅の方達への野菜、カレー、おしるこなどの支援。たった1日でしたが形では見えない生活クラブという無色の糸でつながっている気がしました。今後も継続した支援、絆をどうつくっていくかが課題かと思います。
元気クラブは、千葉県内の青果物生産8団体、米生産2団体の計10の農業生産団体と生活クラブ虹の街で構成された団体です。会員間の友好と連帯を深め「食と農を大切にする社会をつくろう」を合言葉に交流、学習、運動に取り組んでいます。