そうっ!
この私、もらい泣きはしょっちゅうするが、くやし涙は、最近ないな!
と、長男の高校最後の試合で思った。
息子の同級生のキャプテンのあまりの号泣ぶりに、顧問の先生が
「取り敢えず、会場からでるか。」と、彼らを押し出すように、そそくさと控えの廊下に。
「お?いおいおいおいおい・・・お?いおいおいおいおい・・・」仲間が囲む。
・・・最初 私ももらい泣きしたりして・・・・・・そのうち、「いい加減にしろよ!自分の息子だったら、
ひっぱたいているところだ!」と思う私。
しかし、この子たちは、ハンドボールを約5年半やってきたが、監督に絞られて強くなったのではなく、自分たちで作り上げてきた経緯がある。
ハンドという競技を調べるところから始め、プレーを模索して自分たちで練習し、さらに仲間の問題の火の粉もくぐり抜けてきたことを鑑みると、それをこの2年半をまとめてきた彼にとっては、この涙は
当たり前か・・・と、先ほどの自分を反省・・・。
さらに自分を考えてみると、『がんちゃん』ではないが・・そうっ!最近、くやし涙を流さないなあ?。
それほど、打ち込んでいるものがないのか。
それとも、これまでの経験から、負けが見えた時点で、あきらめの気持ちでくやしさを打ち消して
いるのか?
ん?この年になると、いろいろ関わらなきゃいけないことも多くなり、打ち込む分も少しずつ
分散されてしまうこともある。
ここで問題なのは、後者の理由でくやし泣きがなくなったとすると、
「あ?私はもう、確実に青春時代にいるのではない」ということを目の当たりにしなくては
ならないんだろうか、ということである。
そういえば、世の中の団塊の世代の方々は「第2」とつけた「青春」とかいうのがあるな?・・・
いやいやっ!ちょっと待て! 私はきっと、前者の理由だろう。
もうちょっと、毎日を計画的にして、打ち込むものに出会わなきゃ???。
えっ?毎日、目の前にあるでしょう、って?・・・例えば、お米の登録用紙・・・GQ宣言書・・・
持ち歩くんだよね?。
・・・・・・。
(=^・^=)ゆうゆう(=^・^=)




